嫌いとハッキリ言えなくて
読み物としてのTwitterライフを楽しんでいると、コチラのツィート流れてきました。
ツイッターでもそうだけど「あの人がきらい」というまっすぐな悪意より、かたよった正義感で自分の主張を無理やり押しつける人の方がやっかいだったりする。
— かる (@Tuna__chan) 2016, 2月 20
これ、私の事だなぁ・・・と。
特に、自分がとても好きだった人を嫌いになった場合、自分の主義主張や軸を基に、全く違う軸で生きている人に対して、「あの人のやっている事はおかしい」「あの人は馬鹿だ」なんて事を言っていたけれど、自分の価値観と似た人たちから離れると、自分が嫌だと言っている事が「正解」になっていたりして。
法律じゃなかったら、人それぞれの「○」「☓」があるんだよなぁと思い知った次第です。
なので、声高に自分の主張をぶちまけている人を見ると、自分の気持ちを冷静にハッキリと明確に打ち出せる強さをとても眩しく素敵だな・・・と思うし、違う意見の人と戦える文字を持っているのだなぁ・・・と思う。
Twitterは、いろんな人の意見を自分の中に取り入れるツールであり、自分が言葉に出来ずにただ「不快」に感じている事を実にスッキリ明確に文字になっているのを見るとものすごく気持ち良くて、「そうそう!!!!そそそそそうそうそうそう!!!!」ってなって嬉しくなるっていうのがあって、私にとっては欠かせないツールとなっております。
加えて、勝手にフォローさせてもらっている人が紹介してくれる本やブログなどを通じて、新しく興味が広がったりするのも楽しくて・・・♥
以前職場で、
「私、Twitterとかやらないんです~。あれやったら、なんか、一線超えたっぽくないですか?そんな、一般人の私生活とか興味ない~」
って言ってる同僚が居たのですが、
「えーーー!!めっちゃ楽しいのに!!!そんな風に考える人も居るんか!!!」
と思って驚いてしまったし、この人とは仲良くなれないと思ったし、自分がTwitterを楽しんでいる事を話す事も無かった。
楽しいよ?Twitter。
とは言え、まっすぐに悪意をぶつけられるというのは結構こたえるなぁと実感しています。
去年は、
「実はずーーーっと大嫌いだったの。○○(私がしているあんな事やこんな事)とか、ほんと気持ち悪い。きっと誰からも嫌われてると思うよ。」
というメールを貰って縁が切れた人が居たんですが、こたえました。
私は、その人のことが「だんだん合わなくなってきたな。話している事が楽しく感じなくなってきたな」程度だったので、その感情の差が。
でも、そんな風にぶつけられる人は気持ちいいんだろうな。
それでスッキリして、それで忘れられるんだろうな。
言われた方は、ものすごく凹むんだけど、あえて凹まそうと思って「最大限傷つく言葉を選んでわざわざ投げつけている」ので、相手が思った通りになっていると思う。
ちょっと仮面かぶって背伸びしたら人とつるむ事は出来るという事は昔から知っていたし、そうやって擬態して過ごして来たんだけれど、そういうのをやめていこうかな、と思って、自分が自分のまま素直に過ごしていると、人を苛立たせてしまう事を学んだ。
そんな訳で、今は、素直にそのまんま過ごすために家族以外は一人で居る時間を過ごしているのだけれど。ネットを見たり、図書館で借りてきた本を読んだり、それはそれで・・・とても楽しかったりする。